世界遺産 [pro-0277]

世界遺産 [pro-0277]

販売価格: 1,490円(税別)

(税込価格: 1,639円)

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商品詳細

教室掲示用 A2サイズ   594×420 cm
フルカラー版ポスター   世界遺産 World Heritage


世界遺産

世界遺産は、「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づいて世界遺産
リストに登録された、文化財、景観、自然など、人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」
を持つ物件です
ユネスコ教会連盟のリストにもとづき、世界約1300件を世界地図にすべて表示しました
世界遺産アイコンの国名と遺産名称がいえるか等のクイズも添付してありますので
末永くご利用いただけます 長い歴史と伝統を考えることができます
小学、中学、高校の学習の理解に役立ちますので ご活用ください。


世界遺産は、1972年のユネスコ総会で、採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づいて世界遺産リストに登録された、文化財、景観、自然など、人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」を持つ物件のことで、移動が不可能な不動産が対象となっています。慣例的な用法として、その中の文化遺産を世界文化遺産、自然遺産を世界自然遺産と呼ぶことがあります。

世界遺産は、政府間委員会である世界遺産委員会の審議を経て決定されます。その際、諮問機関として、文化遺産については国際記念物遺跡会議 (ICOMOS) が、自然遺産については国際自然保護連合 (IUCN) がそれぞれ勧告を出し、両方の要素を備えた複合遺産の場合には、双方がそれぞれ勧告します。潜在的ないし顕在的に、保存にとって脅威となる状況に置かれている遺産は、危機遺産リストに登録され、国際的な協力を仰ぐことになります。それ以外の世界遺産も、定期報告を含む保全状況の確認が、登録後にも行われます。適切な保護活動が行われていないなど、世界遺産としての「顕著な普遍的価値」が失われたと判断された場合には、世界遺産リストから抹消されることもあります。実際、2007年にはアラビアオリックスの保護区が初めて抹消された物件となりました。

世界遺産条約締約国は190か国を超え、2015年には世界遺産リスト登録物件が1,000件を超えました。世界遺産条約は最も成功した国際条約と呼ばれることもしばしばです。専門家の勧告を覆す政治的決定の増加、都市開発と遺産保護の相克、過度の観光地化など、知名度が高くなったからこその問題も持ち上がっています。また、複数国で共有する「国境を越える世界遺産」は国際平和に貢献しうるものではありますが、領土問題や歴史認識が関わる審議では、国際的あるいは国内的に物議をかもすこともあり、武力衝突に繋がったことさえあります(タイとカンボジアの国境紛争)。世界遺産は有形の不動産を対象としており、同じユネスコの遺産でも、無形文化遺産や世界の記憶(世界記憶遺産)とは異なる制度です。

世界遺産の成立
世界初の国立公園イエローストーンも、「世界遺産第1号」のひとつです。
国際連合人間環境会議(1972年)に先立つ政府間専門会議でのユネスコ事務局長ルネ・マウの提案もあり、一本化されることで合意されました。その結果、同年11月16日、パリで開催された第17回ユネスコ総会(議長萩原徹)にて、一本化された「世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)が採択されました。翌年アメリカ合衆国が最初に批准し、1975年9月17日に締約国が20か国に達しました。これによって発効の要件を満たしたため、3か月後の12月17日に正式に発効しました。

1976年11月には第1回世界遺産条約締約国会議が開かれました。締約国会議はユネスコ総会に合わせる形で開催され、世界遺産委員会の委員国選出や世界遺産基金への各国の分担金額の決定が行われます。その第1回会議で最初の世界遺産委員会の委員国が選出され、翌年には第1回世界遺産委員会が開催されました。この委員会で採択されたのが、世界遺産登録の基準なども含む「世界遺産条約履行のための作業指針」であり、この「作業指針」はその後も改定を重ねることとなります。

そして、1978年の第2回世界遺産委員会で、エクアドルのガラパゴス諸島や西ドイツのアーヘン大聖堂など12件(自然遺産4、文化遺産8)が、最初の世界遺産リスト登録を果たしました。翌年の第3回世界遺産委員会では、世界遺産制度のきっかけとなったヌビア遺跡なども含む45件が登録され、一気に5件ずつ登録したエジプトとフランスが保有国数1位となりました。この第3回世界遺産委員会は、最初の複合遺産(ティカル国立公園)が誕生した会合であるとともに、直近の大地震で大きな被害を受けたコトルの自然と文化歴史地域(ユーゴスラビア社会主義連邦共和国)が最初の危機遺産リスト記載物件になった会合でもあります。その後は、1980年の第4回世界遺産委員会におけるワルシャワ歴史地区登録など、締約国、登録件数とも増加していきました。